2010年01月02日
序章~余暇のピース~
2011-06-吉日に製作
ブログの始めたわけ。
子供のころから、なんとなく釣り好きで、小学生のころからよく釣り行っていた。
中高に入りその回数は激減。 年に一度あるかないかの状態。
時間つぶしにはちょうど良かったのだが、釣れねぇし、食えねぇし・・・
成人した後は全くの皆無。 友人と集まりバカなことばかりやっていた。
そして、比較的早くに結婚して、それまで持て余していた余暇の時間がグンと減り、
友好関係にも変化が出だし、与えられた余暇の時間の潰し方がパチンコ屋に居ること
それしかなく、そしてそれに大きくのめり込んでいた。
時代はスロット4号機時代、俗に言う爆裂機全盛期。
アフター5に1Q万、朝一からなら2Q/3Q万が軽く出た時代。
5万使って1Q万出す、1Q万使って2Q万出す、そんな夢が叶う時代だった。
負ける人のおかげで勝ことが出来る。
たっぷりの知識とちょっとの運で面白いように結果が出る。素晴らしい時代だった。
2年いや3年くらい続いた華やかな時代もあまりにも強いそのギャンブル性が
社会問題となり、時代は現在の5号機に突入する。
しかし、入れ替えの2サイクルめを待たずして、足を洗うことになった。
それはハイリスクハイリターンの毒性にすっかりはまっていた僕には物足りず、
ゲームセンターに毛が生えた程度の感覚に自分の気持ちは一気に冷め、
再び、余暇のピースを埋めてくれるモノを探し出した。
お金をかけずに、自分が夢中になるものは何かに見つめなおした。
自分は自然が好きだ。
オールシーズン行ける何かを模索し、釣りに戻る。
ただ、原点に戻りすぎた。 フナ釣りに!
釣りは鮒に始まり鮒に終わる。と格言があるが。しばし、鮒にはまった。
その後、モロコやコアユの食に走り、シーズンオフはタナゴばかり釣っていた。
そんなあるとき、タナゴ関係のお気に入りサイトの方がなぜかタナゴと海釣りの
両方を趣味として、ネット配信されていた。
そうメバリングという言葉が生まれてまなしの頃だったと思う。
海は遠いなぁという感覚と1から道具をそろえる投資、信用できない疑似餌釣り。
メバルってあの食える奴やろ~
って感じで、手は出さず黙々とタナゴを釣っては逃がし、
頭のなかで生息地の分布図を書き込むのがすごく楽しかった。
自分だけの宝の地図。 マニアにはきっとヨダレもの知識だったはずだ。
でも、食えないんだよねタナゴは・・・。
そんな倦怠期にまたメバルのシーズンに入る、なんとなく拝見する釣果報告。
なんとなくが、なんとなくを超えた頃、なんか釣れそうに思えた。
そして重い腰を上げ始めて単独で海を目指した。
装備なんて適当だった。
4.5mの振出竿、3000番のリール、ラインはナイロン5号
いずれも、実家に転がってた代物だ。
釣具屋で1.5gのジグヘッドとワームを買い足し、海辺に立った。
案の定、釣れるわけがない。 だって飛距離5mほどw
現地の優しい青年にせめてラインを巻き直しておいでと教えられ
むなしく帰路についた。
そして今度は3000円のエギングロットを購入した。
そう僕は、転んでもただでは起きない、変な起き方をするタイプなのだ。
3000円でリールもラインもエギもついてる超安物。
しかし、この竿をのちにあれほど溺愛することになるとは思わなかった。
今はもう魂を失った竿だが、出来るなら今でもほしい一品だった。
その竿を握り絞め再び海へ。
そして坊主、その次もまたその次も坊主。
それでも、まだ行く、そういうタイプである。
何回、行ったか忘れた頃、初めて魚を釣った。
すっかり朝になった頃。 これがメバルなのか?
15cm位のメバルらしき魚を2匹持ち帰り食す。
うまかったw 全然足りないけど心は満たされたw そして欲求が加速したw。
海に行く回数は増え、そこそこ釣れるようになり、こんどはそのサイズに拘りだした。
そもそもMAX30cm程の魚、20cm超えれば、釣りとしては立派なメバルだ。
20cmを超えてからの1cm刻みに、この魚は印象が変わる。
25cmを超えれば0.5cmでオーラはものすごく変わる。
それがめちゃくちゃ魅力的だった。
もっとデカイのが釣りたいその一心で通いこみ、ネットで情報収集に明け暮れた。
そして、再び倦怠期を迎える。
どうやってもサイズが伸びない。サイズの平均に限界が見えた。
シーズンオフにもずっとネットを徘徊してあるサイトにたどり着く。
「◎◎◎倶楽部」そこで、あるブログに出会う。
感動した。釣りブログを読んで感動なんて大げさだが心を奪われた。
そのブログを読んでいると、まるで自分も其処に居たのか錯覚する。
行ったことも見たこともない情景がリアルに感じる臨場感。
自分もそこまでとは、いかないだろうが今まで何の記録もない自分の記録を
のちの自分に残したく思えた。 自分のために。
だから、自分の好きな釣り関係、その他、趣味を自分なりに残したくて
ブログを始めようと思った。
その後も単独釣行、月一更新、文章の構成力の無さも手伝い、
マイナーブログとしてだが、1年半も続けられました。
訪問者なんて、ひたすら「0」が続く、少し寂しくも思えたが目的は自分の為だったので
それもまたよしと思えた。何より書くのか楽しかったんだ。
今ではコメントをくれたり、現地で一緒に遊んでくれる人達にも出会えた。
模索していた余暇のピースを埋めるに値するものに出会えたのかもしれない。
余暇った。良かった。
だから、これからもチョコチョコ記事が残せたら楽しいだろうなぁ。
2011-06-吉日
ブログの始めたわけ。
子供のころから、なんとなく釣り好きで、小学生のころからよく釣り行っていた。
中高に入りその回数は激減。 年に一度あるかないかの状態。
時間つぶしにはちょうど良かったのだが、釣れねぇし、食えねぇし・・・
成人した後は全くの皆無。 友人と集まりバカなことばかりやっていた。
そして、比較的早くに結婚して、それまで持て余していた余暇の時間がグンと減り、
友好関係にも変化が出だし、与えられた余暇の時間の潰し方がパチンコ屋に居ること
それしかなく、そしてそれに大きくのめり込んでいた。
時代はスロット4号機時代、俗に言う爆裂機全盛期。
アフター5に1Q万、朝一からなら2Q/3Q万が軽く出た時代。
5万使って1Q万出す、1Q万使って2Q万出す、そんな夢が叶う時代だった。
負ける人のおかげで勝ことが出来る。
たっぷりの知識とちょっとの運で面白いように結果が出る。素晴らしい時代だった。
2年いや3年くらい続いた華やかな時代もあまりにも強いそのギャンブル性が
社会問題となり、時代は現在の5号機に突入する。
しかし、入れ替えの2サイクルめを待たずして、足を洗うことになった。
それはハイリスクハイリターンの毒性にすっかりはまっていた僕には物足りず、
ゲームセンターに毛が生えた程度の感覚に自分の気持ちは一気に冷め、
再び、余暇のピースを埋めてくれるモノを探し出した。
お金をかけずに、自分が夢中になるものは何かに見つめなおした。
自分は自然が好きだ。
オールシーズン行ける何かを模索し、釣りに戻る。
ただ、原点に戻りすぎた。 フナ釣りに!
釣りは鮒に始まり鮒に終わる。と格言があるが。しばし、鮒にはまった。
その後、モロコやコアユの食に走り、シーズンオフはタナゴばかり釣っていた。
そんなあるとき、タナゴ関係のお気に入りサイトの方がなぜかタナゴと海釣りの
両方を趣味として、ネット配信されていた。
そうメバリングという言葉が生まれてまなしの頃だったと思う。
海は遠いなぁという感覚と1から道具をそろえる投資、信用できない疑似餌釣り。
メバルってあの食える奴やろ~
って感じで、手は出さず黙々とタナゴを釣っては逃がし、
頭のなかで生息地の分布図を書き込むのがすごく楽しかった。
自分だけの宝の地図。 マニアにはきっとヨダレもの知識だったはずだ。
でも、食えないんだよねタナゴは・・・。
そんな倦怠期にまたメバルのシーズンに入る、なんとなく拝見する釣果報告。
なんとなくが、なんとなくを超えた頃、なんか釣れそうに思えた。
そして重い腰を上げ始めて単独で海を目指した。
装備なんて適当だった。
4.5mの振出竿、3000番のリール、ラインはナイロン5号
いずれも、実家に転がってた代物だ。
釣具屋で1.5gのジグヘッドとワームを買い足し、海辺に立った。
案の定、釣れるわけがない。 だって飛距離5mほどw
現地の優しい青年にせめてラインを巻き直しておいでと教えられ
むなしく帰路についた。
そして今度は3000円のエギングロットを購入した。
そう僕は、転んでもただでは起きない、変な起き方をするタイプなのだ。
3000円でリールもラインもエギもついてる超安物。
しかし、この竿をのちにあれほど溺愛することになるとは思わなかった。
今はもう魂を失った竿だが、出来るなら今でもほしい一品だった。
その竿を握り絞め再び海へ。
そして坊主、その次もまたその次も坊主。
それでも、まだ行く、そういうタイプである。
何回、行ったか忘れた頃、初めて魚を釣った。
すっかり朝になった頃。 これがメバルなのか?
15cm位のメバルらしき魚を2匹持ち帰り食す。
うまかったw 全然足りないけど心は満たされたw そして欲求が加速したw。
海に行く回数は増え、そこそこ釣れるようになり、こんどはそのサイズに拘りだした。
そもそもMAX30cm程の魚、20cm超えれば、釣りとしては立派なメバルだ。
20cmを超えてからの1cm刻みに、この魚は印象が変わる。
25cmを超えれば0.5cmでオーラはものすごく変わる。
それがめちゃくちゃ魅力的だった。
もっとデカイのが釣りたいその一心で通いこみ、ネットで情報収集に明け暮れた。
そして、再び倦怠期を迎える。
どうやってもサイズが伸びない。サイズの平均に限界が見えた。
シーズンオフにもずっとネットを徘徊してあるサイトにたどり着く。
「◎◎◎倶楽部」そこで、あるブログに出会う。
感動した。釣りブログを読んで感動なんて大げさだが心を奪われた。
そのブログを読んでいると、まるで自分も其処に居たのか錯覚する。
行ったことも見たこともない情景がリアルに感じる臨場感。
自分もそこまでとは、いかないだろうが今まで何の記録もない自分の記録を
のちの自分に残したく思えた。 自分のために。
だから、自分の好きな釣り関係、その他、趣味を自分なりに残したくて
ブログを始めようと思った。
その後も単独釣行、月一更新、文章の構成力の無さも手伝い、
マイナーブログとしてだが、1年半も続けられました。
訪問者なんて、ひたすら「0」が続く、少し寂しくも思えたが目的は自分の為だったので
それもまたよしと思えた。何より書くのか楽しかったんだ。
今ではコメントをくれたり、現地で一緒に遊んでくれる人達にも出会えた。
模索していた余暇のピースを埋めるに値するものに出会えたのかもしれない。
余暇った。良かった。
だから、これからもチョコチョコ記事が残せたら楽しいだろうなぁ。
2011-06-吉日